ボルタスキーが死んだ… 

2022年7月6日

◯ボルタスキーが死んだ…       2021.7
yahooニュースを何気なく見ていると美術家のクリスチャン・ボルタンスキーが亡くなったという一文が掲載されていた。今から十数年前に、当時、現代アートを紹介する番組の演出を担当していました。現代アートというと何か難しそうに思うかもしれませんが、その番組はビデオクリップ感覚の誰でも分かりやすく楽しく見れる民放の深夜に放送していたアートな番組でした。たまたま美術本で見かけたボルタンスキーの作品の面白さに魅せられ、当時すでに超一流のアーティストであった、パリに住んでいたボルタンスキーに駄目もとで取材を申し込むと意外にも取材OKとの連絡が来たのです。すぐに飛行機のチケットを取り、撮影のスタッフは現地の技術を使うので一人でパリに行くことになりました。ボルタンスキーの作品のテーマは人の死です。人には死というものは二つあり、第一の死は子供時代であり、もう一つは本当の死であるといいます。子供の頃というのはおそらく二、三歳ぐらいで、その頃の記憶は大人になってしまうと本人は全く覚えていません。あるのはその頃の写真と家族や周りにいた知り合いの人たちの記憶の中だけに存在しているのです。それはつまり人が死んだ時と同じ状態です。だから人の死といものは二つあり、それはとても儚いものであるということです。実際のボルタンスキーの作品は亡くなった人の顔写真を沢山使い、ランプや蝋燭で照らし出し祭壇のような作品を作ります。それは日本のお盆にお供えをしたり、お墓にお灯篭を付けたりするのと似ています。どこか薄暗い作品なのです。
パリに着くとすぐにカメラマンとコディネーと三人で、パリ市内のカフェでボルタンスキーと打ち合わせをしました。事前の話ではボルタンスキーはとても気難しい人物だと聞いていたのでどうなるかと思いましたが、実際に会うととても優しそうな人でした。こちらからは撮影内容としてインタビューと作品の制作風景を撮影させてもらいたいとお願いしました。国内であれば細く打ち合わせをするのですがロケ日数は決まっているので、ほぼおまかせでボルタンスキーの指定した場所に行くことになりました。撮影当日、指定された場所に行くと、そこは今は使われなくなった古い精神病院でした。なぜ精神病院なのかと思いかしたが、その壁には入院していた患者の落書きが残されていました。それは今は存在しないけど、落書きはそこにいた人たちの生きた証なのだとボルタンスッキーは話します。次にパリの近代美術館の地下に展示されているボルタンスキーの作品を解説してくれました。その作品は薄暗い地下の空間に展示されていて、子供の顔写真が数十枚パネルにはめ込まれていました。この子供たちは今、生きているのか死んでいるのかは分からないが、言えるのはこの写真に写ってる子供たちは、今はもう存在していないということです。フランスでは公共の建築物には建て物の何パーセントかはアート作品を展示する決まりがあります。次にボルタンスキーが案内してくれた場所は、今現在製作中の作品で、とある建て物の地下で、そこにはパリの学生たちが協力してボルタンスキーの作品制作を手伝っていました。その作品は四角いダンボール箱に亡くなった人の顔写真を貼り付け棚に何重にも積み重ねていました。しかしダンボール箱に写真を貼り付けただけの作品など、何の価値があるのだろうと思いますが、このダンボールの山が数十年後には見事に朽ち果てます。その朽ちたダンボールの塊こそがボルタンスキーの狙いなのです。あれか十数年たった今どうなっているのか、もう一度見てみたいものです。二日間で貴重な映像を沢山撮れせてもらい、日本に戻りすぐに編集して作った番組はテレビの番組というより、アートドキュメントといった作品ができ高く評価してもらえました。テレビの番組などただの消耗品のような番組がほとんどで、自分で作った番組でも保存などしませんが、この時作った番組はビデオで今も持っています。人の死がテーマのボルタンスキーが死んでしまい、残ったものはあの時のパリの思い出と作った映像しかありません。結局、人の死とは死んだ本人は関係なく、残された人たちがどう受け止めるかという事だけで、関わりが深ければ深いほど悲しみは大きく、何も関わりがなければ、それはただの死でしかないのです。